ぼくの父親は、決して控えめな方の人間ではない。人並みのエゴはある人だし、ぼくの何十倍も負けず嫌いだ。ただその父親が、はやる虚栄心や悔しさをぐっとこらえ、決してアガりかけた手を見せないのは、見せても何の得にもならないからだ。これはカンタンなことのようだが、なかなか難しい。負けず嫌いで、自己主張の強い人間ほど、難しい。
ものごとの枠組みを把握し、何が価値のある行為で何が無意味か冷静に判断をし、衝動をこらえ、良い結果が出るべく行動することの難しさと大事さ。それを理解し、かつ実行できていたことが、親父の麻雀の「強さ」なんだろう。
渡米して以来、麻雀をすることはめっきり減ってしまった。正直ぼくはそこまで麻雀が強いほうではない。ただ、アガれなかった手を見せびらかし「あーアレが来れば倍満だったのに」というヤツを見る度に、「こいつはそこまで警戒する必要のないやつだな」と思うのである。
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なんか、すごくいい話だなぁと思った。